
小さい出会い、長い付き合い vol.2 「クリスマスのお詫び」
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惹きつけられるように、何気なく偶然出会った“もの”が、生涯の相棒になったり、特別で忘れられない贈り物になったり。そんな、不思議な「ものとの出会い」をエッセイストの中前結花さんが綴る連載エッセイ「小さい出会い、長い付き合い」。今回は数ヶ月前のクリスマスについてのお詫びの気持ちを贈り物に込めたお話です。
とても酷いことを、わたしは口にした。
それはクリスマスイヴの出来事だ。
その数日前の朝、わたしは宅配便で包装紙にくるまれた大きな箱と小さな箱を受け取っていた。
ひとつには「加湿器」、もうひとつには「クリーンフィルター」という付箋が貼られてある。きっと付属品か何かだろう。
納品書とともに届いたそれらをわたしは、ため息といっしょに床に下ろした。
パートナーと暮らしはじめて2か月とすこし。
身に覚えのない荷物が届くことにはそろそろ慣れっこになりはじめてはいたけれど、彼が「なんの相談もなく、加湿器を買った」ということについては、やっぱり腑に落ちない想いがあった。
それというのも、たった数日前に
「インテリアは好みが別れるから、互いに譲り合いの心と事前の相談を忘れないようにしよう。ふたりが心地いい部屋にしていこう」
という話し合いをしたばかりだったからだ。
「また、勝手に家電を増やしているじゃないか」
「だいたい、どうして話にのぼったこともない加湿器なのだろう」
その箱が目に入るたび、ほんのちょっとの怒りとさみしさが、ふっと胸の中で渦巻く。
しかし帰宅した彼は、特に気に留める様子もなくその箱を部屋の隅に寄せ、数日間をそのまま過ごした。
1度だけ「あれは?」と尋ねたけれど、「ああ、いいのいいの」というようにはぐらかされるだけだった。
だれかへのプレゼントなのだろうか。
やがて、それはほんのり嫌な予感へと変わっていく。
「わたしへのクリスマスプレゼントのつもりだろうか……」

そして、イヴのことだ。
「これ……もしかしてクリスマスプレゼント?……加湿器?」
暗に「違うよね?」という意味を持たせたような物言いに、彼の顔はみるみる悲しそうに曇ってしまう。
「どうして加湿器ってわかったの?」
と言うものだから、
「付箋が貼ってあるし、納品書といっしょに届いたから……」
そう言うと、彼は上を向いて頭に手をやり、
「うそ……。ごめん、クリスマスプレゼントのつもりだったんだよ」
伏し目がちにそう言った。
「……大きいサイズのものは相談しようって言ったのに」
わたしが大人げなく言ってしまうと、
「ごめん。その前に買っちゃってて」
と彼は首を振る。けれど、
「どうしてリビングに置いて“ふたりで使うもの”がプレゼントなの?」
というわたしの問いには、「よくわからない」というようにキョトンとしていた。
よくよく考えれば、以前からそうだった。誕生日やお祝いごとのとき、わたしは彼にマフラーやキーケース、部屋着なんかをプレゼントした。
彼は、素敵なお店の食事や、見晴らしのいいホテルに連れていってくれた。
そしてはじめてのクリスマス。はじめて形に残るものが加湿器だったのだ。
少し気まずいクリスマスだった。
悪いことを言ってしまったという後悔と、「だけどもっと他のものが欲しかった」という幼稚な想いがわたしの中でぐるぐるとした。
部屋の隅で加湿器が、気まずそうにぷしゅ〜と煙をあげていた。
「ふたりで使うものいいじゃない〜。いつもいっしょに体験して、いっしょに喜んでくれるんでしょ」
何気なく女性の先輩に話すと、彼女はそんなふうに言ってくれた。そうか。いっしょに喜んでくれていると考えれば、たしかにその通りだった。
「わたしのもの、あなたのもの、なんて境界線がない人の方がいいよ」
それもまた、本当にその通りだと反省してしまう。しかし、
「まあ、1回くらいすっごく安いものでいいからピアスのひとつでもプラスでくれると全部解決するんだけどね」
それもやっぱり、その通りだった。

そして年を越し、迎えたバレンタイン。
わたしは彼にチョコレート色のレザーのマウスパッドと、ペアのお皿とカトラリーのセットを贈った。

真っ白な有田焼のお皿は、ふたりで相談して買ったテーブルにすっと馴染んでくれそうだった。少し長めのカトラリーはうれしくなるほどきれいなゴールドで、テーブルに華を添えてくれるようなデザインだ。

ふたりの間でなんとなくクリスマスのことは過ぎ去っていたけれど、
「わたしもふたりで使うもの選んでみたよ。改めてクリスマスはごめんね」
後悔していたこと、どちらのものなんて境界線などなくて、いっしょに喜べるものもまたうれしいこと、そして有田焼も波佐見焼と同じぐらい好きなの、ということを話した。
けれど、
「いいね。いや、こちらこそごめん。長い時間、家で仕事してるから少しでもいい環境にしてあげたくて加湿器にしたんだけど、配慮が足りなかった」
という彼の言葉にもっともっと反省してしまった。
「いっしょに使えるお皿、うれしいよ」
そう喜んでくれる。
配慮も想像力も足りていなかったのはわたしだ。
それに、仕事に打ち込む今のわたしにはピアスよりも加湿器の方がうんと似合った。彼はとてもわたしのことを知ってくれていたのだ。
「ごめんなさい」ともう一度言葉にすると、涙がこぼれた。

今では、加湿器もお皿もカトラリーもふたりのお気に入りだ。
「これからの暮らしを大切にしていこう」。「すこしでも毎日がうれしくなるように」。それを願うこと以上にうれしい贈り物はない。
今晩もきらりと光るカトラリーがうれしかった。部屋の真ん中でぷしゅ〜と加湿器が煙をあげている。
中前結花
エッセイスト・ライター。元『minneとものづくりと』編集長。現在は、エッセイの執筆やブランドのコピーなどを手がける。ものづくりの手間暇と、蚤の市、本とコーヒーが好き。
Twitter:@merumae_yuka
