
小さい出会い、長い付き合い vol.1 「ハンカチのあの子」
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惹きつけられるように、何気なく偶然出会った“もの”が、生涯の相棒になったり、特別で忘れられない贈り物になったり。そんな、不思議な「ものとの出会い」をエッセイストの中前結花さんが綴る連載エッセイ「小さい出会い、長い付き合い」。今回はずいぶん古い関係の同僚とのお話です。
「きっとこの子とは、そう仲良くはできないだろうなあ」
というのが、彼女とはじめて出会ったときの印象だった。
正確には「仲良くしてもらえない」のほうが正しかったかもしれない。
彼女は、程よく社交的で、程よく慎ましかった。
程よくおしゃれな洋服に身を包んで微笑む姿は、なんだかとても清潔感があって、何もかもがこの場に相応しいと思った。
翌年に入社する学生を集めた、内定者懇親会での出来事である。
わたしは、と言えば右も左も前も後ろもわからぬ東京で、大荷物を抱えてもたもたとするばかりだった。東京生まれ、東京育ちの彼女にはずいぶんと野暮ったく見えていただろう。
「立食パーティ」とはなんだろうか。
それは10年以上経った今でもよくわからないのだけれど、とにかく翌春から住む街は、よく知る兵庫県の山奥とは目に映るすべてが違っていたのだ。
おまけに、忘れっぽくてひどくズボラな自分。彼女にもまた、わたしとは何もかも違うとそのとき感じていた。

けれど、次に彼女に抱いたのは、
「きっとこの子となら、大きく揉めたりはしないだろう」
という前向きなのか後ろ向きなのかよくわからない想いだった。
その頃には予定通り入社し、わたしたちは社会人になっていた。
4人1組で行う研修で同じチームメイトだと知ったとき、
「ああ、よかった。この子なら、人と大きく揉めるほど意地を張ったり、意地の悪いことを言ったりは絶対にしないだろう」
と思った。微かながら、そういった信頼は出会った頃から絶えずあった気がする。
わたしとは違うけれど、わたしよりきっと常識的でやさしい人だ、そんなふうに彼女のことを見ていた。

チームメイトと過ごす時間は、想像をはるかに超える長さだった。
必要があれば週末に集まることもあった。その頃には、彼女ともずいぶん打ち解け、
「なあんだ、仲良くできるじゃないか」
と、抱いていた印象が誤りであったことに気づく。
距離がうんと近くなった彼女は、程よくくだけたり、程よく弱音やかわいい悪態も聞かせてくれるようになっていたのだ。
けれど、きっと彼女のことをこんなに好きで仕方がなくなったのは、あの一言がきっかけだったと思う。
ある月曜日の朝のことだった。
「あのね、土曜日にハンカチ買ったんだ。かわいいんだよ。」
彼女はとても嬉しそうに微笑みながら、そうおしえてくれた。
そのときこの子は、毎日の小さな出来事もとても丁寧に喜ぶことができる人なんだなと思った。きっとそのハンカチも、すごく大切にするのだろう。
彼女には、大きなことも小さなことも、毎日良いことばかり起きればいいな。席でスプリングコートを脱ぎながら、わたしはそんなことを考えていた。

「あのね、来週赤ちゃん生まれるんだよ」
そんな報告を聞いたのは数ヶ月前のことだ。
互いに会社を辞め、それでもわたしたちの関係は続き、よく飲んで、よく話し込み、いつも終電を逃した。あるとき新宿でぶらぶら歩く帰り道、彼女は
「わたしたちって、何話すのも全然恥ずかしくないよね。なんでだろ」
と言ったことがある。「たしかに」とわたしは大きく頷く。10年の時を越えた今でも、彼女との距離感はいつも程よく変わらず、とても気持ちいい。けれど、弱い部分も嫌な部分も見せられる、不思議な関係へと成長していた。失恋だって片想いだって、どんな失敗も山ほど話した。
ずっとずっとこんな関係が続くといいなと、チカチカと眩しい街を歩きながらわたしは思う。
そして、ようやく短めの食事にでも久々に誘おうかと連絡したのが数ヶ月前だった。
そのとき、
「何があるかわからないし、言えなかったんだけどね」
と前置きをして、彼女は子どもが産まれることをおしえてくれたのだ。
文面だけで、そんな大きな喜びを丁寧に丁寧に噛み締めていることが、わたしにはとてもよくわかった。
そして翌週には無事、なあんにも知らない天使のような女の子の写真が送られてきた。
映っている手は驚くほど小さくて、それでもこんなに大きな「嬉しいこと」をわたしたちに運んでくれる。

「何を贈ろうか」
とは悩まなかった。わたしは、彼女にもしも子どもが生まれたなら「積み木」をあげたいとずっとずっと決めていたのだ。
彼女は日々の小さな出来事も丁寧に喜ぶことができる人だった。そして、丁寧な仕事と気遣いでいつも人を助けてくれ、そんな姿は誰からも信用された。
ひとつ一つを積み上げる、そんな意味が込められそうな積み木を知って、いちばんに贈りたいと考えていた。名前は「TAMENTORI」といった。木製の積み木だ。北海道の旭川でつくられているもので、それは彼女が大好きな広大な自然の地だった。

0歳から遊べるもので、触ったり握ったりするだけでも、木の質感や形による感触の違いを感じて五感を養ってくれるという。
実際に触らせてもらうと、木のいい香りが鼻先をくすぐり、大きく呼吸をしたくなった。

そして、そこにハンカチを添えたいとわたしは考える。
きっと、ママになった彼女にはタオル生地がいいだろう。「お疲れさま」とあの日眩しく笑っていた彼女にも使ってもらえるものを贈りたい。

「きっとこの子とは、そう仲良くはできないだろうなあ」
というのが、彼女とはじめて出会ったときの印象だった。
けれど、わたしの第一印象はちっともアテにならない。今では彼女のことがこんなに愛しい。
まだ信じられないけど、ママになったんだね。心からおめでとう。
中前結花
エッセイスト・ライター。元『minneとものづくりと』編集長。現在は、エッセイの執筆やブランドのコピーなどを手がける。ものづくりの手間暇と、蚤の市、本とコーヒーが好き。
Twitter:@merumae_yuka
